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はじめての 陳述!京都府住民監査請求

きょう はじめて 意見陳述をしました
京都府教育委員会が 作成しようとしている
「心の教科書 明日へのとびら」についてです

詳細は、心の教育はいらない市民会議のホームページをぜひみてください
http://sugakita.hp.infoseek.co.jp/newpage26.htm
http://sugakita.hp.infoseek.co.jp/newpage112.htm

陳述書     杏 さだ子        二〇〇六年八月三十一日
 
私が はじめて 「心の教科書」のことをきいたのは、7月のはじめのことです
まず 文部省が作成した「心のノート」のことを 思い出しました。
「心のノート」があるんやから、もうええやん!って 思いました
 ちなみにに、高校二年になる子どもに、中学のとき「心のノート」って 
あったやろって きいたら、そんなん覚えてない 
道徳の時間ってあったかなあ って いっていました  

私は、教育委員会が「心の教科書」をつくる必要は、ないと思います。

 「教育」って、なんでしょう
 私は以前、作家 徐京植(ソ キョンシク)さんの 講演をききました
徐京植さんのご両親は、戦争中  京都で暮されていましたが
当時の 翼賛的で好戦的な 状況に 組せず
お父さんは、兵役につかず、お母さんは、警察に捕らえられて夫の行く先を
詰問されても 激しく抵抗し
自分たちと家族の 命と生活を守ったことを
きき、どうしてそんなことができたのか と 不思議におもいました。

徐京植さんは、それは「当時の教育をうけていなかったからだ」といわれました。

 私は 「教育」というのは、は貧困や差別から人を救済するものだと
おもっていましたから、 それをきいて とても びっくりしました。

 戦後制定された、教育基本法十条一項には
「教育は 不当な支配に服することなく
国民全体に対して 直接に責任を負って行われるべきものである」とあります。

 「不当な支配」という言葉の中に 私は あの戦争につながる
戦前の教育に対する反省を 感じます。

 天皇を崇拝し、軍や政府のいうことに従順だった人が、
たくさん なくなりました。、
 個人の自由な考えを排除し、
批判をゆるさない教育が、被害を拡大したことは明らかです。
多くの方が証言されているように、学校教育の責任は絶大だったと思います。

教育基本法で「教育」と「教育行政」を分けてあることは、戦前
教育行政が 行った 「不当な支配」を再現しないためでしょう!

 教育基本法十条二項では、
「教育行政は、教育の目的を
遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として
行わなければならない」と 定めています
「整備確立」のうちに、「テキスト」の作成は含まれるのでしょうか

心の教育はいらない市民会議の質問にたいして 5月に
教育委員会がだされた「回答」によると「心の教科書」の作成は
「地方教育行政の組織および、運営に関する法律48条」にある
「指導、助言、または援助」にあたるということですが、
わたしには、拡大解釈であると、かんじられるし、教育と教育行政を
隔てている 教育基本法の理念に 反すると思います。、
 
 私はこの夏 長野県上田市の「無言館」(戦没画学生の美術館)にいきました。
どうして この若い学生さんたちが絵をかくことをやめて 
戦場にいき、死ななければいけなかったのか!
 生きていれば、どんなにすばらしい作品を作り上げられただろうと
思うと、はげしい憤りが胸につきあげてきました。
 もう 二度と あのような時代になってはいけない 絶対に!と
みんなが、思っていたから、平和憲法ができ、教育基本法ができたのです。

私は、憲法前文や教育基本法の文章が好きです

 高い理想をかかげて 胸をはっている
戦後民主主義の息吹が感じられて かっこいいと思います
声に出して 読むと どきどきして ちょっと 胸がつまる
こんなかっこいい法律を、掲げている日本のことを誇りに思います。

 私は、子どもの頃から 憲法九条があるから、
日本は戦争をしない国だと  信じていました。 
 でも、自衛隊の海外派兵がはじまってからは、それが危ういことだと 
思うようになりました。

 「心の教科書」は本当に必要でしょうか。
小学校の教師をしている友人が
「教育は、教育労働者と子どもたちとの間に生まれるもの
子どもたちとの共同作業である」と いいました。

 先生がたは、教科書や副読本やさまざまな資料を使用して
授業方法を創意工夫し、熟慮し、日々研鑽されています。
 子どもたちの個性によって、準備どおりに行かないこともあるでしょう
予想外の、結果が生じることもあるでしょう。

 先生だけでなく、用務員さんや給食のおばさんたちが 子ども達に
大きな力を与えていることもあるそうです。

 それが、教育の現場です。教育労働者(先生、職員他)のみなさんと
子どもと 親と 地域が それぞれの立場で 子どもたちの成長を願っているのです。
検定をうけた「教科書」があり、副読本があり、そして 世の中には
たくさんの良書があるじゃないですか!
 それらから 子どもが 親が 先生が、
自由に選択して、その子 ひとりひとりに、
最適な 教育がされることが、一番なのではないでしょうか。

 「心の教科書」ができたら、文部省が、作成した「心のノート」のように、
使用が義務づけられるでしょう。
 教科書検定をうけていないテキストが、使用を義務付けられるというのは
戦前 戦中の 国定教科書と同じ だと 思います。

教育基本法の前文には こうあります 

「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、
普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」

私は 「心の教科書」の使用は、
「個人の尊厳」  が制限されることになると 思います 

 「心の教科書」は、いりません。
「明日へのとびら」なんてタイトルをつけても

そのとびらをあけたら・・・・

格差社会の増大による抑圧と差別
そして 戦争を容認する社会が 
あるのではないかと 心配でなりません

まだ、できてもない「心の教科書」のことを、
反対 反対!といっても 仕方がないとか

別に、本が一冊できるだけで、そんなに
目くじら立てることない とか
思っている人もいると思います

でも、私は 今 この「心の教科書」が、教育基本法の改訂や
憲法の改訂に、かかわってくる問題であると思っています

今、この「心の教科書」が、できることが 
将来の 日本に大きな影響があると思います。

戦争中、どうして 「戦争反対」と
声をあげなかったの?と 
子ども頃 疑問におもっていました 
でも、あの暴力と抑圧の時代に、声を上げることは、
とてもたいへんだったと思います。

でも 今は、言論の自由があり、自分の意思を誰もが
表明することができる時代です。 
だから、未来の人たちに
「どうして、あのとき 反対の声をあげなかったの」 と、
いわれることのないように、 私は 自分のできることを 
やらなくてはいけないと思っています。

みなさんも 肩書きや 仕事や社会的地位を はずして
ひとりの人として 父親として 母親として この問題を考えてほしいと
思いますl

私は、戦争と抑圧と差別によって、無念のうちに
 亡くなった人たちのことを 思います

尹東柱という 同志社大学で学んでいた人のことを
ご存知ですか

治安維持法で逮捕され 1945年 二月 福岡刑務所で亡くなった人です
尹東柱は、たくさんの詩を書きました  
でも 京都で書かれ詩は
証拠として押収され もう誰も 読むことができません

京都の町を 自転車で走っていると この道を尹東柱が
歩いたのでは、と よく 思います
私は、今 尹東柱がいきていたら どうするだろうと 想像します
無言館の あの画学生たちが、今 生きていたらどうするだろうと 想像します

今、自分が やらなければ、死んでいった人たちに、
申し訳ないと 思います 

そんな風に、
 過去の人たちを思い、
 未来の人たちを 想像することが
私を 元気づけ、前をむいて 行動する力となっています

「心の教科書」は、いりません

教育委員会のみなさんには、
戦時下の教育の反省にたって、
二度と 教育行政による「不当な支配」に 服することなく
責任をもっておこなわれるべき 教育の理念をしめした
教育基本法を、ほこりに思って、
教育行政を 自覚をもっておこなってほしいと 思います

戦争が終わって、まだ61年 です
いまも 苦しんでいる人たちが たくさんおられます
わたしは、忘れてはいけない  忘れてはいけないと
くりかえし くりかえし 思っています

「心の教科書」は、いりません
どうか 作成中止に向けて、
監査委員の方の、 英断に、期待しています 

                            


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スナフ

うん
俺たちには言論の自由
思想・信条の自由
表現の自由
が、ある

どうして声をあげなかったの?
どうして反対しなかったの?

なんて言われたくない

権力による言論、思想・信条、表現への弾圧、
狙い撃ちのような微罪逮捕とかあるけど、

まだ『日本国憲法』は生きているし
この国のすべての法の上位に位置する『憲法』は、俺たちの味方だ。

おかしいもんはおかしい、
あかんもんはあかん
と、声をあげんと、ねっ(^-^)
by スナフ (2006-09-03 01:05) 

思想弾圧?

思想弾圧?
式典で、国旗を引きずり降ろし、国歌を歌うなと、
教師の現場権力を乱用し、子供たちに強制する行為こそが
言論、思想・信条、表現への弾圧である。

教師の、ある主義主張思想でもってそれを『正義である』と子供たちを導くのは
はっきり言って『強制洗脳教育』意外何ものでもない。
勘違い集団が、未来をささえる子供たちを誤導するのは本当にやめてほしい。
子を持つ親として、偏重左翼運動の道具として職権を乱用している教師たちが、現場から一掃される日を望みます。
by 思想弾圧? (2006-10-24 18:55) 

反帝愛国

思想弾圧?
式典で国旗掲揚を強要し、国家を歌えと、
処分を武器に国家権力を乱用し、教師や子供に強制する通達こそが強制であり、
言論、思想・信条、表現への弾圧である。

一政党の、ある主義主張思想でもってそれを『義務である』と国民の心の自由を奪うのは、はっきり言って『強制洗脳政策』以外なにものでもない。
確信犯的勘違い権力が、未来をささえる子供たちの自分で考える力を奪うのは本当にやめてほしい。
子を持つ親として、偏重一方的価値観政策の道具として国権金権を乱用している政治家や教育委員会、一部企業が教育現場に介入しない日を待ち望みます。
by 反帝愛国 (2006-10-27 02:01) 

中立志向

市販本出てたから読んでみた。一度全部読んでみればいいよ。
平和教材いっぱいあるよ。
これのどこが「個人の尊厳」を制限してるの?
読んでみてから判断すればいいのに。子どもの作文なんか子供を持つ親なら涙が出てくるのあったよ。
先入観や「道徳」、「心の教育」に対する偏見を取り除いてみて。子どもを愛する気持ちそのものが教育の原点だと思うよ。
by 中立志向 (2007-07-31 19:29) 

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